ユークンの学習観

毎年、新しく入ってきてくれた生徒には、必ず伝えていることがあります。「なぜ学習するのか」「進路や受験とどう向き合うべきか」——ユークンが長年の指導のなかで考えてきたことを、このページにまとめました。

目次

何のために学習するか

「ブランド志向っていうの?親の都合でいい学校に行けって言われても……」という生徒もいます。高学年にもなれば「こんな方程式、将来役に立つの?」と口にする生徒もいます。屁理屈のようですが、「納得したい」という気持ちは、私自身も同じです。

どれだけ伝わるか確信はありませんが、毎年、次のように伝えています。学習には、四つの「いいこと」があるのだと。

第四の経済的な「豊かさ」そのものを動機にすることも、もちろんあっていいと思います。ただ、「何々中学・何々大学に合格すること」だけを目的とした学習では、意味がないと考えています。

第一の「楽しさ」

知る、わかる、という楽しみは、人間に本来備わっている欲求です。理科の資料集を眺めながら人間が積み重ねてきた知恵に感動する生徒、社会の地図を眺めながら小説のようにイメージを広げる生徒、速さの問題をダイヤグラムで図式化できることに興奮する生徒——数学の解法をほとんど教えなくても、とても楽しそうに数学を語る先生のおかげで、数学が好きになり得意になった、という生徒もいます。

この「楽しさ」は、努力して身につける性質のものではなく、もともと備わっているものです。それを思い出させてあげる働きかけを、保護者や指導者は心がける必要があると思います。

第二の「能力」と第三の「生きる力」

「つるかめ算に意味があるの?」と聞かれれば、「そうだね、つるかめ算自体は将来使わないかもしれない」と同意します。即時的に「役立つスキル」だけでよいなら、読み書きだけで十分なはずです。

けれど、サッカーがボールを足で扱う練習を通じて敏捷性や体力を高めるのと同じように、つるかめ算を通じて「図式化し、複雑な問題をある視座から整理するフレームワーク化の力」——問題解決能力が育ちます。そしてその練習の中で育まれるのが「生きる力」です。

ボールを蹴って、蹴りっぱなしでゴールに入ったかどうかも確認しない。それでは上達しません。解いた問題の丸付けもせず、なぜ間違えたのか・どうしたら解けたのかを考えない生徒も同じです。上手になる子は、うまくいけばもっと嬉しくて練習し、外れても悔しみながら「なぜ入らなかったのか、どうしたら入るのか」を研究して工夫します。楽しい自発的な努力が自信を生み、自信が努力を楽しいものにする——その好循環に入っていけるかどうかが分かれ目です。

与えられたことを「やらされている」ではなく、自分の中で一度転換して「やってやる」と言える力。それが「生きる力」だと思っています。

自律的に問題・課題を楽しめるようになるために、少しずつ距離を離しながら、信頼関係にもとづいて励ましと厳しさをもって接することが、保護者にも指導者にも求められていると思います。

なお、第一の「楽しさ」はおおむね10歳ごろまでに、第二の「能力」・第三の「生きる力」は12〜14歳ごろまでに育つといわれます。早すぎる鍛錬や、この時期の甘やかしは、あまりよい結果につながらないようです。

第四の「豊かさ」——「ソミーのプルヒテ」の話

もう少し生々しい話もします。「うちの親は、どこどこの学校に行けって言うんだよ。学歴差別だよね、ブランド志向だよね」と訴える生徒には、こんな例え話をします。

「2万円のソニーのプレイステーションを買いに行ったら、隣に『ソミーのプルヒテ』という半額の商品が売っていた。同じゲームができると店員は言うけれど、保証書はない。1年後の修理はどちらも有料。さて、どちらを買う?」

たいていの生徒は「プレステを買う」と答えます。次にこう聞きます。

「では、君たちがコンビニの店長で、アルバイトの応募が100人来たとする。ひとりひとりに会う時間はない。履歴書で学歴以外はほとんど差がない場合、片方は高校卒業後の経験なし、もう一方は大学生だったら、どちらと面談する?」

生徒たちは「性格のいい人がいい」と言いながらも、条件が同じなら学歴のある方を選ぶ、という結論にたどり着きます。ここで「今、プルヒテをブランドで差別し、学歴で差別したね」と伝えると、皆はっとした表情になり、親や世間の言うことにも一定の理由があると気づいてくれます。

サラリーマンになろうと社長になろうと、相手から対価を受け取るに相応しい「信用」が求められます。その信用の入り口となるのが、経験・資格・学歴という「保証書」です。看護師なら経験年数、車の運転なら免許、大工なら同じ経験・資格を持つ2人のうち難しい大学の工学部を出た方——という具合です。

「お金なんてなくても平気」と言う生徒もいますが、対価は、まず自分を自立させるため、そして大切な人のために必要なものです。この社会において経済的な自由がないと、選べる幅が狭くなってしまいます。ご両親が「勉強しなさい」と言うのも、見栄やいらだちだけではなく、経済的自由につながる「保証書」を持ってほしいという願いからだということを、一度立ち止まって考えてみてほしいと思います。

もっとも、「学習する意味」と「必要性」に納得したあとは、経済的自由のため・志望校合格のためというモチベーションよりも、目の前の一問が解ける知的な興奮の方が、日々の学習を支えます。実際、合格していく生徒には、このパターンが多いことも付け加えておきます。

進路と受験の考え方

生徒の三つのタイプ

長年の指導のなかで気づいたことがあります。生徒には「言ってもやらない」「言えばやる」「言わなくてもやる」という三つの類型があるということです。

「言ってもやらない」生徒は、量を減らしても嘘やごまかしが多くなりがちです。誠実な子が横で正直に「宿題をやっていない」と申告しているのを見ながら、つい「やってきました」と言ってしまう。そうした生徒の保護者と話すと、期待の高さから「やりなさい」と強く言ってしまっているケースが多いように感じます。子どもは、誤魔化す気持ち悪さよりも「怒られたくない」気持ちの方が強くなり、そうした反射の回路ができあがってしまうのです。

小学校4年生までの成績は、新しいことを次々に習得する「先取り」の能力を測っているにすぎませんが、高学年からは持っている知識を組み合わせて手数を増やしていく内容に変わります。問われるのは「本人の意志の力」です。低学年で成績がよくても、5年生の夏休みあたりから伸び悩むことは少なくありません。

「わかった」「わからない」のやりとりが成り立ってこその授業です。それが成立しないまま時間を重ねると、志望校に届かないだけでなく、その後の知的活動においても「わかってもわからなくても別にいい」という状態になり、進路や人格形成にも修正の難しい影響を及ぼしてしまいます。

とはいえ、ガチガチに「言ってもやらない」生徒は全体の5%ほどで、残り9割は「言えばやる」生徒です。ご家庭で「勉強しなさい」「テストの点が悪い」と言っても効果がない、という悩みは、面談でもよく相談されます。「成績もよく進路も思い通りになる生徒」と「がみがみ言わない保護者」の集合は、驚くほど重なっています。叱っている時点で、その重なりから外れてしまっているという事実には留意が必要だと思います。

ご家庭で実践していただきたいのは、「ダラダラ叱らず、しかし許さず。ニコニコとやらせる」ということです。泣いても喚いても、約束したことはやり遂げさせる。半ば強制的であっても達成感を味わわせ、それを本人の手柄にして「誉めて終わる」。叱られてやらずに済むことを学習してしまうと、「怒る親」「やらない子ども」という役割が固定されてしまいます。それを崩すことが何より大切です。

「量より質」——学習の型を身につける

ユークンでは「量より質」を大切にし、「習ったことを、ちゃんとできるようにする」という学習の型を徹底しています。来月のテストの点数を上げることよりも、王道を丁寧に積み重ねることにコストをかけています。

「授業を受けっぱなし」「わかったつもり」「解きっぱなし」——陥りがちな学習習慣を身につけさせないために、次のような優先順位を意識づけています。

「やった」は“ちゃんと”を、「わかった」は“スッキリ”を含んでいる、ということを伝えたいと思っています。嘘やごまかしに対しては厳しく指導しています。

大手塾の教材は、スパイラル方式で何周かしながら理解を深めていく構成になっています。最上位校を受ける子には過不足のない作りですが、下地がないまま毎週の全範囲を習得するのは簡単ではありません。「どうせ後でまた戻ってくるから」といい加減な態度でいると、「授業を受けっぱなし」の悪癖がつき、本当の勝負どころで「穴の開いたバケツ」のような状態になってしまいます。スパイラル方式に乗って成績が伸びているなら、ユークンは必要ないかもしれません。

ユークンの存在価値

大手塾のカリキュラムは、それに「乗れている」限りは素晴らしい予定表です。しかし、先天的なものと後天的な環境・総学習時間はひとりひとり違い、同時にスタートしても、教科や分野、時期によって「現時点での立ち位置」の差は必然的に広がっていきます。それを無視して「大手の一斉指示をこなせば伸びるはず」と考える保護者には、方針の違いを初めにご説明したうえでご参加いただいています。

頑張れるはずのところを見極める——長い経験から得た、そのさじ加減こそが、ユークンの存在価値だと思っています。保護者・生徒・ユークンは、「無理はしたくない、しかし実績を出したい・成長したい」という意味で、利害の一致するステークホルダーです。伸ばせるはずの生徒を、みすみす引っ張らないわけがありません。

「見立て」の技術と、無理のないちょうどよいバランスを探りながら、その子が伸びる可能性を引っ張る丁寧さを大切にしています。中学受験でやるべきことをやりきった生徒は、早熟型でなくても、高校受験のときに圧倒的に有利になります。中学受験・高校受験のどちらにしても、「高学年から通っていてよかった」と思ってもらえる塾を目指しています。

志望校という目標は、志望偏差値である限り際限なく上がっていきます。もちろん指導としては、それ以上を応援しますが、そこに届かないことが「失敗」になってしまうのは、生徒にとっても不幸なことだと考えています。現在の立ち位置からどれだけ伸びたか、平均の偏差値から見て半年で適正校を有望校に——偏差値でいえば6〜7のスライドが、頑張った成果の目安だと考えています。

無理をして入った上位校よりも、鶏口となれる、品のある学校で過ごす方が、人格形成の時期と重なって成功につながる例が多いように思います(大学受験の実績だけでなく、高校からの偏差値や校風、通学のコストも、進路選びのとても大きな要素です)。


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